持ち時間は限られている
趣味で将棋を指してたり、観たりしています。
将棋を通して感じていることは
時間の大切さです。
将棋には持ち時間があります。
限られた時間の中で終局まで指さねばなりません。
序盤はある程度定跡があり、さくさく指せますが
中盤以降、見たことがない場面になると、読みを入れて考えなければなりません。
私がアプリで指しているのは10分切れ負けというルールです。
その名の通り、持ち時間が各10分でその中で詰んだり詰ませたり
又は時間切れになったら終わりです。
アマチュア2、3級程度の私の実力では考えるのにも限度があります。
時間もないので、ある程度のところで答えをだして、指し手を進めなければなりません。
気が付いたら、あっという間に時間が過ぎています。
最近、仕事でも同じような考え方が浸透してきている気がします。
考えるところは考えるけど、考えすぎない。
時間は限られている。
同じように人生の持ち時間も限られています。
1日は24時間、1年は365日…
何をやりたいか、仕事か家庭か、大切なことは何か、考え出したらキリがない
自分がいま何をしたいか、何が最適なのか、何をしているときが楽しいのか
行動して考えて、行動して考えて、その繰り返しなのかもしれません。
ありがたいことに、将棋のように勝ち負けはありませんが
人生の持ち時間がなくなったとき、何を思うのか…
今日より明日、明日より明後日、一日一日、刻々と時間が過ぎて
人生の持ち時間が減らされています。
1手、1手、自分の人生を指し進めていきたいものです。